悠久の時を刻む、神々の座。祖母・傾・大崩ユネスコエコパークを歩く
大分県と宮崎県の県境にまたがり、峻険な岩峰と深い渓谷が織りなす「祖母・傾・大崩(そぼ・かたむき・おおくえ)山系」。この地が2017年、ユネスコエコパーク(生物圏保存地域)に登録されたのは、単に自然が美しいからだけではありません。
ここには、数万年前の火山活動によって形成された独特の地形と、そこに息づく希少な動植物、そしてその厳しい自然と共に歩んできた人々の営みが、今も鮮やかなコントラストを持って共存しているからです。

「守る」と「活かす」が交差する、新しい自然との距離感
ユネスコエコパークの大きな特徴は、原生的な自然を厳格に「保護」するだけでなく、自然の恵みを「持続可能な形で利用」し、地域社会を活性化させることにあります。
かつて、この山々は信仰の対象であり、人々の暮らしを支える薪炭や水の源でした。竹田の城下町を潤す清らかな湧水も、元を辿れば祖母山の豊かな森が育んだもの。私たちは今も、この巨大な自然のサイクルの中で生かされているのです。
切り立った稜線に咲くミヤマキリシマの可憐なピンク、秋には燃えるような紅葉、そして冬の静寂に包まれた霧氷。季節ごとに表情を変えるこの聖域は、訪れる者に「人間もまた自然の一部である」という大切な気づきを与えてくれます。
そんなユネスコエコパークの魅力を肌で感じるための第一歩は、やはり自分の足で山を歩くこと。しかし、険しい山岳地帯ゆえにアクセスの難しさを感じる方も少なくありません。
そこでご紹介したいのが、この神聖なエリアへと私たちをスマートに運んでくれる、竹田ならではの「移動の知恵」です。
聖域への扉を開く、スマートな選択「カモシカ号」
ユネスコエコパークの核心部へと足を踏み入れるとき、私たちはその環境に対してどのような足跡を残すべきでしょうか。
「自然を愛するからこそ、その負荷を最小限に抑えたい」 そんな感性を持つ旅人に選ばれているのが、JR豊後竹田駅から登山口までを直行で結ぶバス**「カモシカ号」**です。
敢えて「ハンドルを離す」という贅沢
登山といえば「車で登山口まで行く」のが一般的かもしれません。しかし、公共交通機関とこの直行バスを組み合わせる旅には、マイカー登山では味わえない知的なメリットが隠されています。
まず一つは、「移動の物語性」です。 豊後竹田駅で列車を降り、この地のシンボルであるニホンカモシカの名を冠したバスに乗り換える。そのプロセス自体が、日常から聖域へと自分を切り替える大切な儀式になります。車窓から徐々に深まる緑を眺め、標高が上がるにつれて変わる空気の匂いを感じる時間は、まさに「旅の醍醐味」そのものです。
そしてもう一つは、「自然への敬意」。 限られた駐車スペースを奪い合うことなく、排気ガスの排出も抑える。一人ひとりの小さな選択が、この美しいエコパークを次世代へ繋ぐ力になります。
「カモシカ号」利用のガイド
「カモシカ号」は単なる移動手段ではなく、登山客の皆さんの安全と利便性を考えた予約制の特別便です。
- 運行ルート:
JR豊後竹田駅前 ⇔ 祖母山神原(こうばる)登山口 / 越敷岳(こしきだけ)登山口 - 運行日: 月曜日〜土曜日(日曜・年末年始は運休)
- 運休日:毎週日曜・12/30~1/3
- 利用料金(片道):2026年3月31日まで:1,020円/ 2026年4月1日より:2,000円
※この運賃改定は、地域の貴重な足を守り、持続可能なエコパーク運営を支えるための大切な資金となります。
【完全予約制】 ご利用の前日15:00までに、電話(0974-63-2638)での予約が必要です。この「ひと手間」こそが、静かで確実な山歩きを約束してくれるチケットとなります。
下山後の余韻を愉しむ、もう一つの「竹田時間」
心地よい疲労感と共に山を下りた後、そのまま帰路につくのはあまりにも勿体ない。祖母山から湧き出た水が竹田の文化を育んだように、登山の後はその「恵み」を五感で味わう時間をご提案します。
炭酸泉の聖地、長湯温泉で身体をほどく
登山口からバスで城下町へ戻ったら、ぜひ少し足を延ばして「長湯温泉」へ。世界屈指の飲泉・炭酸泉として知られるこの湯は、重炭酸イオンが血行を促進し、登山の疲れを芯から解きほぐしてくれます。
モダンな建築が美しい「ラムネ温泉館」や、歴史ある湯治場の風情を残す宿など、文化の香りが漂う湯処で過ごすひとときは、旅の記憶をより深いものにしてくれるはずです。
歴史を歩き、自分への「ご褒美」を
竹田の城下町には、かつての岡藩時代から続く伝統と、現代のクリエイティビティが融合した素敵なスポットが点在しています。
- 城下町スイーツ: 登山の消費カロリーを、竹田名物の「但馬屋老舗」の和菓子や、地元の素材を活かしたジェラートで補給。
- 工芸と出会う: 暮らしを彩る竹細工や、歴史的な景観を活かしたギャラリーを巡り、旅の記憶を形に残す自分へのお土産を探してみてはいかがでしょうか。
「カモシカ号」から始まる、リピートする旅
1便(朝7時発)のバスに乗るために、前日は城下町の宿に泊まり、夜の静寂(しじま)と地酒を愉しむ。そんな「前泊」という選択も、関係人口(リピーター)の方々に愛されているスタイルです。
一度の登山で終わるのではなく、季節を変え、宿を変え、この土地の歴史の断片に触れるたび、竹田はあなたにとっての「第二の故郷」になっていくことでしょう。
結びに代えて
ユネスコエコパークという地球規模の宝物を、カモシカ号というスマートな知恵で歩く。 それは、自然を愛する私たちができる、最も贅沢で敬意ある旅のカタチかもしれません。
次の週末、時刻表を眺めながら、あなただけの「竹田の物語」をデザインしてみませんか?